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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)98号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実、審決の理由の要点1(本願発明の要旨認定)2(引用例の記載の認定)、3(本願発明と引用発明との対比判断)のうち(二)の認定並びに請求の原因四のうち、引用例に原告の主張する<1>、<2>の記載があることは当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

(一) まず、引用発明の冷却速度について検討する。

(1) 引用例には審決の認定する(イ)ないし(ニ)の記載(審決の理由の要点2)及び原告主張の<1>、<2>の記載(請求の原因四の1)があることは前叙のとおり当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第四号証(引用例)によると、引用例の特許請求の範囲には、「屈曲しようとする硝子の平板を所望の輪郭に成形切断することと、この成形切断した硝子板を屈曲型の上に支持し、この硝子板をその屈曲温度に在る間に屈曲させて該屈曲型の曲率に合致させることと、この屈曲した該硝子板の焼なましを行うに当つてこの焼なましの間に硝子板の冷却を制御してその周縁部に圧縮帯を生じさせることとの各工程の結合を特徴とする、周縁の破損に対し大きな抵抗力を有する屈曲硝子板の製造法」(四頁左欄三~一一行)との記載が、また、発明の詳細な説明の項には、<3>「本発明に従えば型は硝子板に比して輪郭は小さく、(中略)その結果型と型の上の硝子板とが炉の焼なまし域に運ばれると、硝子板の突出した周縁部は型と接触することなくまた型の残留熱によつて影響されることもない。型のレールの質量はそこに接触している硝子板部分の質量よりも大きいので型のレールは硝子板だけの場合のように急速には冷却せず、そこに接触している硝子板部分を高温に保持できる。それ故型のレールに接触していない硝子板の周縁部は型のレールに接触している硝子板部分よりも急速に冷却することになる。(中略)その結果一番急速に冷却する硝子板部分は硝子板周縁部と型のレール内方の硝子板部分とでありこれら部分が急速に冷却するので、型のレールに接触したまだ高温で柔軟な硝子板部分を緊張させ歪を与えることになる。この歪は硝子板内で平衡するわけであり従つて硝子板周縁部は必然的に圧縮を受けることになる。」(三頁右欄一六~四二行)との記載があることが認められる。

以上の記載によると、引用発明は所望の輪郭形状に切断された二枚のガラス板を重ね、この重ねられたガラス板を、屈曲型の上に載置して加熱し、ガラス板を屈曲型の支持面(成型面)上に落着かせて加熱により曲げ成型を行い、その後焼なましを行う通例の方法において、この焼なましの間にガラス板の冷却を制御しその周縁部に圧縮帯(平面圧縮応力域)を生じさせるものであること、即ち、右屈曲型の上で加熱して曲げ成形したガラス板の周縁部が屈曲型のレールから突出した状態にして焼なまし域を通過させて冷却し、右屈曲型のレールに接触しているガラス板部分とこれより突出して右屈曲型のレールに接触していないガラス板部分との間に冷却の温度差を生じさせ、これによつてガラス板周縁部に圧縮帯、即ち平面圧縮応力域を生じさせることを意味するものであることが認められる。そして、前掲甲第四号証を検討しても右冷却速度を具体的にどのような値とするかについての記載は見当らない。

そうすると、引用発明における屈曲成形後のガラス板の冷却速度は、圧縮応力域の形成とは直接関係がないので、焼なましにおける冷却速度であると解するほかはない。

(2) そこで、焼なましにおける冷却速度について検討する。

成立に争いのない甲第一二号証の一(「化学大辞典」共立出版株式会社昭和三七年七月三一日初版第一刷発行一巻「焼なまし(アニーリング)」の項)によると、焼なましとは一般に金属材料、ガラス、プラスチツク成形品などを加熱した後、徐々に温度を降下させる操作をいい、ガラスにあつては、製品が急冷されてできるときひずみが残り、それを除く必要がある場合に軟化点近くまで再加熱して、再び徐冷する操作を行うことを指すものであり、このことは当業者において技術常識であることが認められる。そして、成立に争いのない甲第九号証(「ガラスハンドブツク」株式会社朝倉書店昭和五〇年九月三〇日初版発行)には、「5 徐冷」の章の「5・1徐冷点と歪点」の項に「徐冷点は板ガラス、びんガラスでは五五〇℃くらい……である。歪点は徐冷点より三〇~一〇〇℃低い。」(四四八頁)と記載され、また、「5・3永久歪の除去」の項の「5・3・2対策」の部分には、「歪のあるガラスをなますための加熱スケジユールとして図3・133のようなものとする。それは表3・32のようにガラスの膨張係数と肉厚とによつて変わる。即ち、徐冷点より五℃高い温度までは比較的急速に加熱し、その温度に五~三〇分保持して、応力を消失させる。次に歪点のやや下までゆつくり冷却し、以後熱衝撃応力によつて破壊がおきない範囲で速度を適当に早めながら冷やす。」(四五一頁)と記載されている。これらの記載と前記表3・32及び図3・133によれば、ガラス板の焼なましは、徐冷点すなわち約五五〇℃よりも約五℃高い温度から歪点すなわち徐冷点より三〇~一〇〇℃低い温度のやや下まで徐々に冷却し、その後は適当に冷却速度を速めて冷やす操作を行うものであること、そして、右の徐々に冷却する工程である約五五〇℃(徐冷点)から歪点(五二〇~四五〇℃)のやや下までの冷却工程は、表3・32及び図3・133において符号Cで示される部分の冷却工程であり、その冷却速度はガラスの膨張係数(10-7/℃)が三三、五〇、九〇の場合、厚さ三mmのガラスにあつては三九℃/分、二六℃/分、一四℃/分であり、厚さ六mmのガラスにあつては一二℃/分、八℃/分、四℃/分であることが認められる。そして、前掲甲第四号証によると、引用発明は主として自動車の風除けガラスを対象とするものであるところ、成立に争いのない甲第八号証(「ガラスの事典」朝倉書店発行)によると引用発明の出願当時(昭和三〇年)自動車の風除けガラスにおいて、合せガラスの場合一枚のガラス板の厚さは概ね三mmであつたことが推認され、これをくつがえすに足りる証拠はない。成立に争いのない乙第二号証(特願昭四七―四九五二〇号公開公報)、同乙第三号証(特願昭四六―五六〇八二号公開公報)には自動車の風除け合せガラスの素板として厚さが三mmよりも低い例が記載されているが、これらはいずれも引用発明の出願時よりも相当後のものであり、右認定を左右しない。

(3) 以上に認定した事実によると、引用発明にあつては、厚さ約三mmの板ガラスに屈曲成形加工(審決認定の(イ)の工程)をした後これを冷却するに当り、五五〇℃~四五〇℃の間の冷却を一四℃/分~三九℃/分の冷却速度で行うと認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) これに対し、前叙本願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明は板厚一・五mmないし二・五mmの二枚のガラス板を加熱して曲げ(屈曲)成形した後、この重ね合せたガラス板を少くともその徐冷域温度五五〇℃~四五〇℃の間を九〇℃/分~一五〇℃/分の冷却速度で冷却することを構成要件とするものである。

(三) 以上(一)、(二)に述べたところからすれば、本願発明と引用発明とは、二枚の板ガラスを加熱して曲げ(屈曲)成形した後これを冷却する際の冷却速度において同一である(重複する部分がある)ということはできない。

(四) 被告は、引用発明は本願発明と同様ガラス板の周辺部に圧縮帯という歪を形成させることを目的とするものであるから、歪を作らないことを目的とする通常の焼なましとは冷却速度を異にすることを理由として、引用発明の冷却速度は本願発明のそれを包含する旨主張する。しかし、前認定のとおり、引用発明のガラス板周縁部の圧縮帯は、ガラス板を焼なましする際の屈曲型レールとの接触の有無による温度差によつて生じさせているのであつて、冷却速度はこれとは関係がないから、被告の右主張は採用できない。

また、被告は、引用発明の合せガラスも自動車用風除けガラスとして通常の衝撃に耐えるに十分な強度を有している筈であるから、冷却速度も本願発明のそれを包含する旨主張する。しかし、前掲甲第四号証を検討しても引用例には通常の衝撃に耐えるに十分な強度がどの程度のものであるか具体的値は記載されておらず、引用発明の合せガラス周縁部の平面圧縮応力が本願発明のそれと同じ程度であることを認めるに足りる証拠はないから、このことを前提とする被告の右主張も採用できない。

(五) 以上述べたところにより明らかなとおり、引用発明は、本願発明の要件である「徐冷域温度四五〇℃~五五〇℃の間を九〇℃/分~一五〇℃/分の冷却速度で冷却」するとの構成を具備しているものとすることができず、この点で本願発明と引用発明とは同一であるとはいえない。従つて、両発明は同一であるとして本願を拒絶すべきものとした審決は、その余の点について判断するまでもなく誤つており、取消を免れない。

三 よつて、原告の本訴請求を認容する。

〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。

(1) 板厚一・五mm乃至二・五mmの二枚のガラス板を重ねて曲げ型に載置し、このガラス板を五五〇℃~六五〇℃に加熱して二枚同時に成型する工程、

(2) 上記重ね合わされたガラス板を少くともその徐冷域温度四五〇℃~五五〇℃の間を九〇℃/分~一五〇℃/分の冷却速度で冷却し、ガラス板の端部から一・五cm以内に二五〇kg/cm2~五〇〇kg/cm2の平面圧縮応力を生ぜしめる工程、

(3) 周辺部に平面圧縮応力の与えられた上記二枚のガラス板をその平面圧縮応力の形成された面をそれぞれ外側にし、そのガラス板間にプラスチツク中間膜を挟み合せガラス組立体を用意する工程、

(4) 上記合せガラス組立体を熱圧着し一体化する工程、の各工程よりなる合せガラスの製造法。

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